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週末は狩りへ!


我が家は横浜市の西の果て(ほかに、僻地、辺境などと呼ばれることもあるが、住んでいる実感としてその通りであり、全く争うつもりはない。)にあり、自然に囲まれ、通勤圏内の田舎暮らしをしている。

 

毎年6月に最寄り駅近くの梅園で梅もぎをし、梅酒を仕込むのが我が家の年中行事であり、
車で30分圏内では、ブルーベリー狩り、いちご狩り、みかん狩り、柿狩り、
さらにもう少し範囲を広げると、なし狩り、りんご狩り、ぶどう狩りなどができるので、
旬の季節に合わせて、息子と一緒にいろいろな果物を狩りに出かけている。

 

 

 


今月は、近場の農園でブルーベリーを狩ってきた。

 

畑に入ると、たわわに実った大粒ブルーベリーが目に飛び込んできて大興奮!
制限時間内摘み放題、食べ放題の方式であったため、「元をとるぞ?!」と張り切って挑み、ほとんど無言になって、摘んで、食べて、摘んで、食べて・・・
ブルーベリーの木と口の間で腕の曲げ伸ばし運動をひたすら繰り返すこと30分、
おなかも満たされ、狩り欲も満たされ、実に楽しい時間を過ごすことができた。

 

 

 


また、日常では、家庭菜園が今年で3年目に突入し、ミニトマトを狩る日々。

 

収穫最盛期である7月後半は、朝起きたらまず、ザルを持って庭に出て、赤やオレンジに色づいた実を収穫し、水で洗って、キッチンペーパーできれいに水滴をふき取り、
お気に入りのガラス皿にヘタを下にして並べ、しばしうっとりと眺めたら、
品種ごとにその日の収穫数を収穫表に記録することが日課であった。

 

 

 


元はといえば、息子に収穫体験をさせたいと思って始めた果物狩りや家庭菜園であったが、今では私がすっかり、狩りの虜である。

 

 

 


と、ここまで書いていて、ふと「狩りガール」という言葉が頭に浮かんだ。

 

数年前に何かの雑誌で、狩りガールブームが来ている、と書いてあったっけ。

 

ブームに遅れること数年、私も狩りガールになっちゃったのかしら?と気恥ずかしく思って調べてみたら、どうやら狩りガールというのは、狩猟免許を取得してハンターをする女性のことを言うらしい。

 

ということで、果物や野菜をいくら狩っていても、私は「狩りガール」ではないようだ。

 

(そもそも、ガールを名乗ることが許されるのかも甚だ怪しいところである。)

 

 

 


もうすぐ果物がおいしい秋がやってくる。

 

秋の週末も、狩りに行ってきます。

 

 

(KT)

更新日2019.8.16


如水


  あれは私が司法修習生として、実務修習地だった京都に住んでいた二十数年前のこと。

 

  弁護修習中だった私は、指導担当であるY先生の事務所に毎日通っていました。

 

  Y先生は物静かでユーモラスな中年の弁護士でしたが、中国の古典に造詣が深く、どこか浮世離れした仙人のような雰囲気を漂わせていました。

 

  ある日の昼下り、Y先生の事務所で私が何をするでもなくボンヤリしていると、すぐ近くのデスクに座って、ハイライトをくゆらせていたY先生が、目を細めて煙を見上げながら、何の前触れもなく、 


「あなたを見ていると、上善水の如し(じょうぜんみずのごとし)という言葉を思い出します。」

 

と言い出しました。
 

 

 

  Y先生曰く。

 

「あなたを見ていると、あなたには『こうしよう。』とか、『ああしたい。』とか、そういう自分の意思とか意欲とか希望が全くない。

 

  これまでの人生も(注:Y先生は、指導担当の立場で、私の履歴書を読んで経歴等を知っていました。)、何となく司法試験を受けて、奇跡的に合格して、何でかよく分からんけど、京都で司法修習をしてはる。

 

  全部、偶然任せの人生や。ただただ、流されてるだけや。

 

  あなたは、ほンまに、お水のようなお人です。」

 

 


  出し抜けにそんなことを言われ、普段は鈍い私もさすがに耳を疑いました。

 

 「ちょっと待って。今のは何?

 

  大人しく聞いてれば、意思がない?運任せ?流されてるだけ?

 

  ええ、おっしゃるとおりです。間違いございませんとも。

 

  でも、自分でも分かってるけど、改めて他人に言われるとムカッと来ることって、ありますよね?

 

  大体、京都の人って、もうちょっと本人が分からないように嫌味を言うんじゃなかったでしたっけ?

 

  それとも、これが和歌山流?(注:Y先生は和歌山出身)

 

  自分なんか、どうせ『水』ですよ、流れっぱなしですよ、悪かったですね。

 

  しかし、ここまで言われて黙ってボケーッとしてたのでは、ますますアホだと思われてしまう。

 

  さすがに何か言い返さないと。

 

  何か言え。言うんだ自分!」

 

 


  と思った私が、「あのー、先生…」と言いかけたちょうどその時、Y先生は遠い目をしたまま、ボソッとつぶやいたのでした。

 

 「ほンまに、わたしと一緒や………」
 

 

 

 

 「???」

 

  それを聞いた私は、とっさに何と言い返せばいいのか、どういうリアクションをしていいのか、頭がこんがらがってしまいました。

 

  Y先生は、自分も他の場所から京都に流れてきた、というようなことを言いたかったのかもしれませんが、今となっては分かりません。

 

  私はすっかり戦意を喪失して、Y先生の吐き出した紫煙が虚空に立ち昇り、無機質な事務所の壁の白さと一体になって消えていくのを、呆けた顔で見上げるしかありませんでした。

 

 

 

 

  話はそれだけで、何のオチもサゲもないのですが、困ったことに、私には、「あんたは水みたいだ。」と面と向かって言われたこの件以外、実務修習についての記憶があまりありません。
 

 

 

 

  ところで、「上善水の如し」。

 

  美味しい日本酒の銘柄でもありますが、ネットによると、老子のこんなお言葉の一部だそうです。

 

上善如水(最上の善とは、水のようなものである)

 

水善利万物而不争(水は、万物を利して、何物とも争わない)

 

処衆人之所悪(人が避ける所にも流れる)

 

故幾於道(故に、道に近い)

 

 


  こうしてみると、実際には、私のようなただの横着な脱力系人間には当てはまらない、非常に含蓄の深い言葉のようで、Y先生も何か勘違いをしていたんじゃなかろうかと思ってしまいます。

 

  ただ、最近の「目的意識」とか、「先を見通す力」とか、「意識高い系」(ちょっと古いか)とか、その手のフレーズに居心地の悪さと胡散臭さを覚える人間にとって、「如水」は、少しホッとさせられるいい言葉だな、などと感じる自分は、少し疲れているのかもしれません。

 

 


WATERMAN

更新日2019.8.15


契約の解除に関する民法の改正


1 はじめに

 

 

 

  契約の解除を巡る紛争は,比較的多く見られる紛争事例といえますが,来年(2020年)4月1日に施行される改正民法においては,契約の解除に関する条文も改正されています。

 

  そこで,本稿では,契約の解除に関する改正点のうち比較的重要と考えられるものについて解説したいと思います。

 

 

 

 

 

2 債務者の帰責性は不要

 

 

 

  現行民法においては,債権者が債務者の債務不履行を理由として契約を解除する場合,当該債務不履行について債務者に帰責性が認められることが必要とされています。

 

  これに対し,改正民法においては,解除は,当事者を契約に拘束することが不当な場合に契約の拘束力から解放させることを目的とした制度であり,解除を債務者に対する「制裁」と位置付けて解除について債務者の帰責性を要求することは解除制度の趣旨にそぐわないといった考えから,解除の要件として債務者の帰責性は要求しない(すなわち,債務者に債務不履行に関する帰責性が認められない場合でも,債権者は契約を解除できる)こととなりました(この点は,改正民法の文言上は必ずしも明確にはされていませんが,改正民法543条においては,債務者の帰責性を要求していた現行民法543条ただし書きが削除されていることから,上記のように考えられています。)。

 

  なお,債務者の債務不履行を理由として,契約の解除に加えて,債務者に損害賠償を請求する場合は,現行民法同様,改正民法においても債務者の帰責性が要求されます(改正民法545条4項,415条1項ただし書き)。

 

 

 

 

 

3 債務不履行の程度が軽微であるときは解除不可

 

 

 

  改正民法541条ただし書きにおいては,債権者からの履行の催告後相当期間が経過した時点で,債務不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして「軽微であるとき」は,債権者は契約を解除することができないことが明確にされました。

 

  上記「軽微であるとき」(軽微性)の要件については,以下の点に留意する必要があります。

 

 

 1)上記「軽微であるとき」には,不履行の部分が数量的に僅かである場合のみならず,付随的な債務の不履行にすぎない場合も含まれると解されています(すなわち,債務者は,「不履行となっている部分は,数量的に僅かであるから,解除は認められない」という反論(抗弁)をすることもできますし,「不履行となっている債務は,あくまで付随的な債務にすぎないから,解除は認められない」という反論をすることもできます。)。

 

 

 2)上記軽微性は,契約書の文言を含む当該契約に関する一切の事情をもとに,当該契約についての取引上の社会通念も考慮して,総合的に判断されます。そのため,契約書で一定の事由を解除事由として規定しており,かつ当該解除事由の該当性自体は認められる場合であっても,当該解除事由に該当する不履行が,契約の性質,契約の目的,契約締結に至る経緯や,当該契約についての取引上の社会通念に照らして軽微であると判断される場合には,解除は認められないことになります。

 

 

 3)解除が認められる「軽微ではない不履行」に該当するのは,当該不履行によって契約目的を達成することができなくなった場合に限られません。当該不履行によって契約目的を達成することができなくなったとまではいえない場合であっても,当該不履行が契約目的の達成に重大な影響を与える場合等については,当該不履行は軽微とはいえず,解除が認められます。

 

 

 4)債務不履行の程度が軽微であることの主張・立証責任は,債務者側にあるとされています。そのため,債務不履行の程度が軽微であることは,解除の効力を否定する債務者側において主張・立証する必要があり,訴訟において審理が尽くされた段階で,裁判官が上記軽微性が認められるかどうか不明との心証であった場合は,上記軽微性は否定され,解除の効力が認められることになります。

 

 

 5)上記軽微性が認められ,解除が否定された場合であっても,当該債務不履行について債務者に帰責性が認められる場合は,債権者は,債務者に対して損害賠償を請求することは可能です(改正民法415条)。

 

 

(弁護士 62期 石 川 貴 敏)

更新日2019.8.15

 


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