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続・司法修習生採用面接での設例


1.設例

 

 

 

 

  当事務所では、例年、司法修習生の採用面接の際に、設例を提示してこれに対する法的見解を答えてもらっている。昨年の設例は次のようなものであった。ただし、実際の設例よりも大幅に簡略化し内容も一部変更している。

 

 

1) X銀行は、個人Aに対し、住宅建築資金として2000万円を貸し付けた。

 

2) Aが建築した建物の敷地はAの母親Bの所有であり、Aの土地利用権は使用貸借に基づく権利であった。しかし、X銀行は土地について抵当権の設定を受けず、建物についてのみ抵当権の設定契約を締結した。

 

3) その後Bが死亡し、Aが単独で土地を相続した。

 

4) さらにその後にAが死亡した。Aの家族は、妻C、Cとの間の子のD及び不倫相手との間の子のEがいる。

 

5) Aは、建物はCに、土地はDにそれぞれ単独で相続させる旨の遺言をしていた。

 

6) Aの死亡後はまったく返済が行われておらず、X銀行の債権の現在額はAの死亡時点と同額の600万円である。

 

7) Aの債務は、現在、誰が、いくら負っているか。Aが、X銀行に対する債務はすべてCに承継させるとの遺言をしていた場合はどうか。

 

 

 

 

 

2 相続債務の承継について

 

 

 

 

(1) 法律上、被相続人が負っていた金銭債務は、相続によって、法定相続分の割合で分割されて法定相続人に承継されることになっている。本件の場合は、法定相続人であるC、D及びEがAの債務を承継している。ここまでは、修習生も全員が正しく答えた。

 

  では、各相続人の法定相続分はそれぞれどうなるか。まず、配偶者であるCが2分の1である。ここまでは、よい。

 

 

(2) ところが、修習生の中の何人かは、非嫡出子であるEの相続分は嫡出子であるDの2分の1であると答えた。その理由は、民法900条4号本文は「兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする」とあるが、ただし書きで「ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする」とあり、非嫡出子のEは嫡出子のDとは父母の一方のみが同じだからであるというのである。一瞬もっともらしく思えそうである。

 

 

(3) しかし、これは明らかな間違いである。900条4号でいう「兄弟姉妹」とは、被相続人の兄弟姉妹のことである。4号でいう「兄弟姉妹」とは、第1順位の相続人である子も第2順位の相続人である直系尊属もいない(またはこれらの全員が相続を放棄した)ために、第3順位の相続人となる被相続人の兄弟姉妹のことを意味し、被相続人に複数の子がいて、この複数の子(お互いにとってみれば、兄弟姉妹である)が相続人となる場合を意味しているわけではない。そのことは、900条の全体の構造からして明らかである。つまり、4号のいう「父母の一方のみを同じくする」とは、被相続人と父母の一方のみを同じくするという意味であって、相続人相互間で父母の一方のみを同じくするという意味ではない。

 

 

(4) したがって、正しい相続分は、嫡出子であるDと非嫡出子であるEともに各4分の1である。その結果、Aの債務を、Cが300万円、D及びEが150万円ずつ承継していることになる。

 

  ところが、修習生は、4号ただし書きの「兄弟姉妹」の語に表面的に飛び付いてしまい、DとEは「兄弟姉妹」だが父母の一方(父であるA)のみを同じくするから、同号ただし書きの適用があると早合点してしまったものである。

 

 

 

 

3 基本的条文の正確な理解の重要性

 

 

 

 

  民法900条は相続法における最も基本的な条文の一つであり、ある程度法的素養のある者であれば誰でもその内容は理解しているはずの条文である。出題者としては、メインの論点はもっと別のところ(たとえば、上記1の?の後段の場合はどうなるかや、建物の価値だけでは債権額に満たない場合に土地からどのように回収するか等)に用意したつもりであり、こんなところで修習生がつまずくとはまったく想定外であった。あらためて基本的な条文の正確な理解の重要性を再認識するとともに、自分も思わぬところで恥ずかしい誤解をしていやしないかとヒヤッとした次第である。

 

 

(代表社員 弁護士 近 藤   基)

更新日2021.2.16


我が家の女王様

 

  新年あけましておめでとうございます。本年が皆様にとって良い年であることを祈っております。

 

 

 

  
  最近、私は毎日飼い犬「モモ」の世話に振り回されています。

 

  朝起きたらまずモモが夜間寝ているゲージを覗いて犬用ベット及びその周囲のタイルカーペット、タオル等が濡れていないかを確認し、もし糞尿で汚れているようであれば清潔なものと交換します。また、モモは、私と妻の各寝室以外は我が家のマンションのどの部屋でも自由に出入りしていますので朝夕一度は各部屋を巡回してモモが粗相していないかを確認し、万一の場合はその始末をしなければなりません。そして、モモが汚した犬用ベット、タイルカーペット等々は毎日洗濯し乾かしてやらなければなりませんが、その量は半端ではありません。それ以外に、勿論朝晩はモモに餌と水を与えなければなりません。

 

  モモのためのこれら雑用は当初は私にとって苦痛以外のなにものでもありませんでした。たまたま、妻が転倒して骨折し右腕右肩が当分の間不自由になったため、やむを得ず引き受けたにすぎません。しかし、これまで2ヶ月以上モモの世話をしている間に何となく気が付いたことがいくつかあり、犬の世話も無駄ばかりではなかったと思えるようになってきました。

 

 

 

 

 
  後先になってしまいましたが、「モモ」のことを紹介します。モモは、現在17歳9ヶ月の雌のトイプードルです。生まれて2ヶ月の時に我が家で購入した犬です。その経過は、我が家で以前飼っていた柴犬が15歳で死んでしまい、私ども夫婦の年齢と犬の平均寿命を考えて次の犬を飼うかどうか迷っていたときに、次女から「私が世話をするからぜひ飼って」とせがまれて、つい飼うことになったのです。しかし、次女がモモの世話をしたのは約1年半程度で、次女にボーイフレンドが出来てからはモモの世話はもっぱら我々夫婦におっつけられてしまい、ついに次女は彼と結婚して家を出てしまい、モモは可哀そうに我々の家に置き去りにされてしまいました。

 

 

 

 

 
  その後、モモは主に妻が世話をする形で、これといった病気もすることなく我々夫婦のペットとして暮らしてきたのですが、数年前から白内障が徐々に進行して、初めは右の眼が、と、次には左眼が、だんだん見えなくなり散歩中に物にぶつかるようになってしまいました。それと同時に、嗅覚と聴覚も徐々に衰えてきて、声をかけても反応することが徐々になくなってしまい、最近では、自から嗅ぎ分けて餌を探すことが出来なくなっている様子で、口元まで近づけてやらないと餌だとわからないようです。

 

  犬にも認知症があるということを最近になって知りましたが、モモも同じ場所をくるくる回るように歩くことが多くなりました。

 

  外見的な変化としては、どんどん毛が抜け落ちて(プードルは毛が抜け変わらない犬種ときいていますが)両足や背中の骨が透けて見えて、若い時の姿を知っている我々にとっては可哀そうでしかたがありません。

 

  ただ、唯一の救いは、モモは今でも食欲が旺盛なことと、よろけながらも頑張って歩くことです。勿論、若い時と比較すると体重は約半分(現在は2,3?くらい)ですし、屋外の散歩は出来ません。

 

 

 

 


  私は、老犬となったモモの世話をしながら、だんだん情が湧いてきて、犬とはいえ生き物として生まれ、成長し、成犬としての役目を果たしたうえ、年をとって衰えてついには死んでいく、という過程は人間となんらかわりはないのだと思うようになってきました。そして、今のよぼよぼになった姿はこれまで病気もしないで長生きした(トイプードルの平均寿命は15,16歳らしいです)結果であって、褒めてやるべきことではないのかと思うようになりました。そうであれば、今しばらくの間多少の手間は惜しまないで最後までモモの世話をしてやって、眠るように死んでいってもらいと心から願うようになりました。

 

 

 

 


  この「雑記帳」の原稿を作りながら、数年前に、老衰のため103歳で他界した実母の在りし日を偲んでおります。

 

 

O

更新日2021.1.21

 


商魂


  まだCOVID-19がヒトへ感染していなかった(感染が認識されていなかった)1年半ほど前、エジプト旅行に行ったときのことである。観光地では、道行く外国人観光客らに土産品などを買ってもらおうと、片っ端から声をかける地元人をよく見かけた。

 

 

  観光客が相当数訪れる国であれば、どの国でも同様の光景はみられるのだが、観光業への依存度の高いエジプトは、その民族性なども相まってか、ひと味違った面白みがあった。

 

 

 

 

 


  よく見かけたのは、品物を見せながら「ワンダラー、ワンダラー」(1ドル、1ドル)と、どの国の観光客にも通じる英単語を使って声をかけるパターンである(ただし、1ドル程度が適正価格に見えるような商品であっても、実際に1ドルで売ることは絶対になく、観光客が興味を示して商談に入ると、20ドルくらいは平気でふっかけてくるので、注意が必要である)。このパターンは、ありきたりなので、すぐに「あぁ、またきたね・・・」と飽きてしまう。

 

 

 

 

 


  次に、少し工夫を凝らしたパターンとして、一目でどこの国の人間かあたりをつけ(ここまでは、エジプト以外の国でもよくある)、こちらが日本人だと思うと、「ヤスイ!」など簡単な日本語の単語を使って興味を惹くパターンである。

 

 

 

 

 


  また、少し進化したパターンとして「カカク ハカイ(価格破壊)!」「ヤマ モト ヤマ(山本山)!」など、外国人が使っていると少し面白いと思えるような日本語の単語を使って興味を惹くパターンもあった。このあたりになってくると、どこの国に行っても見かけるというわけではない。ただ、『山本山』のテレビCMが日本で頻繁に流れていた頃(JTBと日本人観光客が世界の観光市場を席巻した頃)に日本人が現地人に教えて広まったのか、エジプトでは比較的よく見かけるパターンとなっている。

 

 

 

 

 

 


  そんなエジプトでも珍しい呼びかけがあった。「ヤマ モト ヤマ!」「ヤマ モト ヤマ!」と連呼し、「また『ヤマ モト ヤマ』パターンか・・・」と思わせた後に、「ヤマモト・・・モナ」とつぶやくパターンである。「ヤマ モト ヤマ」に比べれば新しいが、絶妙に新しくない。これを聞いたとき、商品は買わないまでも、思わず笑ってしまった。

 

 

  この現地人に日本語を教えた人のセンスなのか、現地人が覚えた日本語を組み合わせて使っているだけなのかはわからないが、とにかく感心したことを覚えている。

 

 

 

 

 


  このほかにも、「アラシ、アイバ」と連呼するパターンなどもあったので、まだまだ進化を見せることだろう。

 

 

  いつかエジプトを再訪したときに、どのような呼びかけに出あえるのか楽しみにしている。

 



(海外に行けるようになるのは、だいぶ先ですね)

更新日2021.1.15


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