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いわゆるバックデートによる契約書について


1 実際に契約書を取り交わしたのは5/1だが、契約書上の日付を3/31にするといった、いわゆるバックデートによる契約書について検討してみたいと思います。

 

 

 

 

 

2 契約書に記載される日付の意味

 

 

 

  「契約に関する日付」としては、1)契約書作成日、?契約成立日、2)(契約の)効力発生日の3つが考えられます。3)契約書作成日は、文字通りある契約についての契約書を作成した日のことです。2)契約成立日とは、当事者間で契約が成立した日のことで、申込みと承諾という意思表示が合致した日が契約成立日となります。3)効力発生日は、成立した契約の効力が発生する日のことです。

 

 

  特に説明なく契約書に記載される日付は、1)の契約書作成日を意味するものですが、同時に2)契約成立日及び3)効力発生日をも意味することが多いと思われます。

 

 

  まず、契約書に限らず書類に記載される日付はその書類を作成した日を意味するのが通常であるから、少なくとも1)の意味を有します。

 

 

  次に、保証契約のような一定の契約類型を除き、契約は意思表示の合致によって成立するので、契約書作成日と?契約成立日は必ずしも一致しません。しかし、一般的な商取引では、契約の締結に際して書面によることを必須とする、つまり契約書の作成完了をもって契約の成立と位置付ける意思で契約に臨むのが通常です。この場合、契約書作成日=契約成立日となり2)の意味をも併有することになります。もっとも、3/31付契約書において「4/10をもって契約を成立させる」と記載されるような場合は別です。

 

 

  3)については、原則として契約成立日と効力発生日は同一日となるので、上記のとおり2)の意味を併有する場合には更に3)の意味を有することになります。もっとも、契約の効力発生を一定の条件の成就まで停止したり(停止条件付の契約)、将来の日付にしたり、また、当事者間の合意によって効力発生日を過去に遡らせることも、(第三者の権利を害さない範囲で、強行規定に反しない範囲で、税務・会計上等の問題は別にして、という留保が付きますが)自由です。

 

 

 

 

 

3 バックデートによる契約書の位置づけと問題点

 

 

  バックデートによる契約書を必要とする場面は、(1)契約自体は3/31に成立しているが契約書を作成し忘れたので5/1に3/31付契約書を作成するケース、(2)3/31に契約は成立していなかったが3/31から契約が成立していたことにしたいので5/1に3/31付契約書を作成するケース、などが想定されます。

 

 

  (1)の場合は、本来であれば5/1付の契約書において、「3/31付で契約が成立していることを確認する」とか「本契約書は3/31付で成立していた契約に係る書面を5/1付で作成したものである」と記載すれば対応できます。しかし、バックデートにすることで、契約書の記載上、2)契約成立日や3)効力発生日のみならず、1)契約書作成日も3/31になってしまうので、1)につき「完成した契約書の記載内容と真実との齟齬」が発生しています。

 

 

  (2)の場合は、前述のとおり合意によって効力発生日を遡らせることは可能なので、本来であれば、5/1付契約書において、「本契約は3/31に遡って効力を生じるものとする」とか「本契約は3/31に成立したものと取り扱う」と規定すれば対応できます。しかし、バックデートにすることによって、やはり1)について齟齬が生じています。

 

 

  この齟齬は、当事者が何も言わなければ問題として顕在化することはありませんが、後日契約の成立について争いになった場合、契約成立の証拠とする契約書の「1)契約書作成日」に真実と異なる「嘘」が含まれているわけですから、契約書全体の信用性に疑義が生じる可能性があります。例えば、契約書の偽造を主張する相手が「契約書作成日である3/31は海外にいたのでこの契約書は自分が作成したものではなく偽造だ」と海外渡航歴の証拠を突き付けてきたような場合、実際の契約書作成日は5/1であったことを別途証明する必要に迫られる可能性があります。

 

 

  上記のとおりバックデートが必要なケースにおいては、契約書の日付を遡らせずとも、契約書本文を工夫するという対応方法が存在します。法律的な視点からすると、バックデートによる対応は、この対応方法が採用できない場合の副次的な手法と位置付けられ、また、真実と異なる記載をする側面がある以上、一定のリスクが内在することになります。

 

 

 

(パートナー 弁護士 齊 藤 潤一郎)

更新日2020.8.17
 


配達人


高尚な話題が多い当事務所の雑記帳でこの手の話を扱うと白い目で見られそうですが、プレイステーション4で遊べるデスストランディングというゲームがあります。

 

 

一世を風靡したメタルギアソリッドというゲームのディレクターである小島秀夫氏がプロデューサー兼ディレクターとして作成されたゲームといえば、ゲーム好きの方は「ほほぅ」と呟くことでしょう。

 

 

昨年末に発売され、世界的な評価も高いゲームです。

 

 

7月14日にPC版が発売されたようなので、真正のゲーマーの方は是非ご購入下さい。

 

 

さて、ゲーマーではない方のために、ざっくりとどのようなゲームかといいますと、、、

 

 

・舞台はちょっと未来のアメリカ合衆国。

・世界はデスストランディングという大爆発(※)の後、分断されている。

・人々はシェルターにこもって生活している。 

・外界では所々で人をあの世(※)に引きずり込む妖怪みたいなもの(※)が出てきたり、物の時間を急速に進める雨(※)が降ってきたりする。 

・そのため外界に出る時にはそれなりの装備が必要であり、普通の人はシェルターからほとんど出ない。

・人々をつなげているのは弱い通信と荷物を運ぶ配達人。

・主人公は配達人であり、アメリカの東海岸にいるところからゲームはスタート。

・訳あって(※)主人公は荷物を配達しながら大容量通信に必要な鍵を運び、東海岸から西海岸まで大容量通信をつなぐことを目指す。

 

(かなり作りこまれているゲームのためファンの方の怒りを恐れず※部分はかなり省略しています。正確な内容は○。○ペディアで検索してください。ただし、ネタバレ注意。)

 

 

楽しみ方は人それぞれですが、このゲームでは大量の配送荷物を背負って険峻な山(雪山もあります)を越え、荷物を配達する場面もあり、私はなんちゃって歩荷さんの気分を味わったり、ロープやはしごを使って登山ルートを開拓するという楽しみ方をしていました。このゲームでは、主人公を急旋回させるなどすると荷物の重さに応じてバランスを崩し、これを立て直さないとよろめいて、最後には転んで出血します。また、無茶な傾斜で直登させると主人公の体力がみるみる減っていくようにもなっていて、なかなかリアルな登山体験ができます。ちなみに、私は四回ほど滑落死しました。

 

 

それはさておき。

 

 

このゲームの世界ー人々が外界にある何かを恐れてシェルターに引きこもり、人をつなぐものは通信と配達のみという世界ーは、新型コロナウイルスの感染を恐れて外出を控える現実の生活と似通っていて、緊急事態宣言下、宅配業で勤める夫を持つ女性が、「夫が俺らは底辺の仕事だからなぁ言いながら今日も働きに出た。何をいってるんだ、生命線だ。」という趣旨のことをTwitterで呟いていた言葉が心に刺さりました。

 

 

ネットショッピングやお取り寄せ等、元々社会インフラとして欠かせない存在だった配送網ですが、人が実店舗で物を購入することが減った現在は、さらにその重要性が増しています。

 

 

自身は色々な人と接触して感染リスクにさらされながらも、毎度さわやかな笑顔で配送してくれる配達人の皆様に感謝の気持ちを持つとともに、いつか配達人の皆様を支えられるような仕事ができたらなぁと思います。

 

 

ゲームだって時には物事考える契機になる、というお話でした。
 

 

 

5june7

更新日2020.7.16


A Day in the Pandemic


コロナ禍の中、三歳になる我が家の息子はマスクを付けて幼稚園に通っています。

 

 

 

先日は、普段幼稚園への送り迎えをしている妻に所用ができたため、私が、朝、息子を幼稚園へ連れていき、昼過ぎに迎えにいきました。コロナの流行がなければ近くに住む妻の実家に頼めたのですが、感染が落ち着くまで実家との行き来も控えようということになっており、そのほかに頼める相手もいなかったからです。

 

 

 

九州に豪雨被害をもたらした、いつまでも居座り続ける梅雨前線のため、その日の朝も小雨が降っていました。私は玄関のドアを開けて外の様子を見ながら、電チャリ(電動アシスト自転車)に乗って行くかどうかしばらく迷った後、「歩いて行こう」と息子に伝え、「いいよ!」と許可(?)を得ました。

 

 

 

息子にマスクをつけさせ、ぶかぶかのレインコートを着せて、長靴をはくのを手伝い、私も忘れずにマスクをします。幼稚園に持っていく息子のものには全て名前を書かなければならないため、息子の使い捨てのマスクにも、既に妻が名前を書いてくれていました。

 

 

 

黄色いてるてる坊主に長靴が生えたような格好の息子の手を引き、私自身は傘をさして、住宅街の道のりを幼稚園まで12、3分ほど歩きました。私達の横を、電チャリの後ろに子供を乗せた何人ものママ達が、「このくらいの雨で、いちいち歩いていられるか」と言わんばかりに通り過ぎ、同じ幼稚園に向かっていきます。

 

 

 

幼稚園の正門前に着くと、副園長の中年男性が待っていて、「おはよう、がんばって歩いたね」と言いながら、息子のおでこに非接触の体温計を当てて検温してくれます。それが終わると、息子は私と別れて門の中へ入り、入ってすぐのところにあるテントの中で消毒ジェルのボトルを2、3度押した後、ぬかるんだ園庭をフラフラと歩いていきました。

 

 

 

てるてる坊主が幼稚園の建物の方に漂っていくのを見守った後、私は自宅に帰り、しばらく仕事をします。犬以外の家族のいない静かな家で仕事をすると、さすがに多少は集中でき、「在宅勤務」らしくなったかなと自己満足にひたったのもつかの間、午後2時のお迎えの時間が近づいてきました。

 

 

 

雨も弱くなっていたため、今度は私もさっそうと電チャリにまたがり、幼稚園の駐輪場へ滑り込みました。登園時とは違い、「お迎え」の際は、保護者が各教室の前まで行くことになっています。私は、息子を幼稚園に送っていくのは何度か経験済みだったのですが、迎えにいくのは初めてだったため、妻に借りた「保護者証」の入ったカードケースを首から下げ、幼稚園の正門から中に入り、妻に教わった「あか3くみ」の教室を探して、キョロキョロしながら歩きました。

 

 

 

1階にある教室の入り口に着き、中をのぞきこむと、どうやら他の保護者はまだあまり来ていないようで、20人弱の園児達が通園時の制服である体操着の上下を着て、紅白帽をかぶり、教室の床に座って先生の話を聞いているところでした。

 

 

 

そこで私が思わずギョッとしたのは、園児達が全員マスクをしていたことでした。下半分は白いマスク、頭は赤い帽子、眼だけがのぞいている小さな顔が20ばかり並んでいる様子は、私の幼稚園のイメージとはかけ離れた、何ともいい難い奇妙な光景でした。

 

 

 

「これがウィズコロナの幼稚園か。どれがうちの子かまったく分からないじゃないか…」と思いながら立ち尽くしていると、先生が白いマスクの群れの中から息子を引っ張り出し、私のところまで連れてきてくれました。

 

 

 

息子を乗せて電チャリで家に帰る途中も、白いマスクがシロツメクサのように教室いっぱいに広がったあの様子が頭に浮かんできました。「アフターコロナ」「新常態」がどんなものになるかは分からないけど、園児達の小さな口や鼻がマスクから1日でも早く解放されればいいのに、と思ったのでした。
 

 

(パパの端くれ)

更新日2020.7.16

 


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