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小野総合法律事務所

満年齢の数え方

 

 1 設問

 

 

 

  離婚する際に未成年の子の養育費の支払について定める場合、その終期については、例えば「満20歳に達する日の属する月まで」というような定め方をすることがあります。

 

 

  このように定めた場合、平成8年8月1日生まれの子は、何年何月まで養育費が支払われるのでしょうか。満20歳の誕生日は平成28年8月1日なので、平成28年8月まで支払われるようにも思われますが、そうではありません。

 

 

 

 

 

2 期間計算の原則(初日不算入の原則)

 

 

 

  期間を時間によって定めたときは、即時から起算しますが(民法第139条)、期間を日、週、月又は年によって定めたときは、(その期間が午前0時から始まるときを除き)期間の初日は算入しません(民法第140条)。

 

 

  例えば、借地契約の期間について、30年以上とするには、初日不算入のため、「平成元年4月1日から平成31年3月31日まで」では1日足りません。

 

 

  かつて、旧借地法においては、非堅固建物所有目的の借地契約の期間は30年(ただし建物が朽廃すればそれにより終了する)とするが、契約をもって20年以上の存続期間を定めたときはその期間となる旨定めていました(旧借地法第2条)。そこで、20年よりも短い期間(例えば「3年」等)を定めてしまうと、これを定めなかったものとみなされます(最高裁判所昭和44年11月26日判決・民集23巻11号2221頁)。この期間を「昭和36年1月8日から昭和56年1月7日まで」と定めた借地契約の条項について、20年に1日足りなかったことから、20年の期間を定めたものとして有効か、それともこれを定めなかったものとみなされるかが最高裁判所まで争われた例もあります(最高裁判所昭和57年2月4日判決・判例タイムズ467号91頁)。

 

 

 

 

 

3 年齢計算についての例外(初日算入)

 

 

 

  満年齢については、「年齢計算ニ関スル法律」により例外的な取扱いが定められ、出生の日より起算することとされます(同法第1項)。

 

 

  そこで、設問の平成8年8月1日生まれの子は、平成8年8月1日から起算され、満20歳になるのは、そこから20年間、すなわち、平成28年7月31日の満了時(午後12時)であり、したがって、その子が「満20歳に達する日」とは平成28年7月31日(誕生日の前日)となり、その日が属する月とは「平成28年7月」となります。よって、設問の答えは、養育費が支払われるのは平成28年7月までであり、同年8月は支払われないことになります。

 

 

 

 

 

4 その他の例その1(小学校に入学する年)

 

 

 

  このように年をとる日が誕生日当日ではなく、その前日であることから、例えば、4月1日生まれの子はいわゆる「早生まれ」となり、同じ年の1月から3月に生まれた子と一緒に、満6歳になる誕生日と同じ年の4月に小学校に入学することになります。1日遅い4月2日生まれの子は、その翌年4月の入学となります。

 

 

  これは、学校教育法第17条で「保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以降における最初の学年の初めから、・・・これを小学校・・・に就学させる義務を負う。」と規定され、小学校の学年は4月1日に始まるので(同法施行規則第59条)、4月1日生まれの子は3月31日に満6歳になり、その翌日がその「翌日以降における最初の学年の初め」となりますが、4月2日生まれの子は4月1日に満6歳になるので、その翌年の4月1日がその「翌日以降における最初の学年の初め」となるからです。

 

 

 

 

 

5 その他の例その2(選挙権)

 

 

 

  また、選挙投票日の翌日に満18歳の誕生日を迎える人は、その選挙の選挙権を有することになります。

 

 

  これは、公職選挙法第9条第1項等に「満十八年以上の者」は〇〇の選挙権を有すると規定され、被選挙権について年齢は選挙の「期日」により算定すると規定する同法第10条2項は選挙権についても類推適用すべきとされ、よって、選挙権を有するのは満18歳に達した日を含むと解され、その翌日に満18歳の誕生日を迎える人を含むと解されるからです(大阪高等裁判所昭和54年11月22日判決・判例タイムズ407号118頁)。

 

 

 

 

 

6 期間や年齢の数え方について、日常的な感覚と必ずしも一致しない場合もあります。この点に限らず、契約等で条項を定めたり、定められたものを解釈したりする場合等は、不安があれば専門家に相談するのが堅実です。

 

 

 

(パートナー弁護士 芳 村 則 起)

更新日2017.12.18

 

 

 


週末の過ごし方


3歳になる息子のオムツが取れたので、最近は週末によく息子を連れて近所のスーパー銭湯に行くようになりました。

 

なお、日々の育児に疲れ果てた妻は、スーパー銭湯で疲れを癒したいと思う反面、一人きりで家で過ごしたいという気持ちもあるようで、私と息子が スーパー銭湯に行くのに2回に1回のペースで同行するといった感じです。
 

 

 

 

私は元々スーパー銭湯が好きで、学生のころや司法修習生のころはよく行っていたのですが、弁護士になった当初は、慣れない仕事で忙しくてなかなかスーパー銭湯に行く余裕もなく、そうこうしているうちに結婚して、息子も生まれて、完全にスーパー銭湯とは無縁になっていました。

 

その反動でしょうか、息子を連れて行けるようになった現在、思い立ったらスーパー銭湯に行くようになってしまいました。
 

 

 

 

 

まだ言葉もおぼつかない息子ですが、週末になると

 

「おそとのおふろ(※1)にいきたーい」

 

「つぼのおふろ(※2)と?、ぎゅうにゅうのおふろ(※3)と?、ブクブクのおふろ(※4)にはいる?」

 

などと言うようになり、私は非常に喜んでいるのですが、妻はそんな我々を白々しい目で見ています…。

 

(※1…露天風呂のこと)
(※2…「壺湯」という名の丸い壺状の浴槽に一人で入るタイプの風呂のこと)
(※3…超微細な気泡により白濁した風呂のこと)
(※4…ジャグジー付き風呂のこと)
 

 

 

 

 

ただ、残念なのは、スーパー銭湯には基本的に車で行くので、風呂上がりの一杯というわけにはいきません。

 

いつか息子が大きくなって、運転免許を取ったら、息子の運転でスーパー銭湯に連れて行ってもらい、風呂上がりの一杯が飲める日を夢見て、日々、健康と父子円満を心がけて過ごしていきたいと思う今日この頃です。
 

 

(温泉旅行より安上がりで楽しめますよ)

更新日2017.11.15


首席で卒業


  以前から不思議に思っていることですが、「〇〇氏は△△大学(東の方の某一流国立大学や某有名私立大学など)の法学部を首席で卒業した秀才である」などと報じられたり、著作の宣伝にうやうやしく記載されたりしているのを見たり聞いたりすることがよくあります。確かにさぞかし頭がよくて優秀なんでしょうが、あれって、ご本人を含めて、なんでそんなことがわかるんですかねえ。ひょっとして、世間の多くの(普通の)大学では、大学当局が、公式に首席者(や次席者以降も?)を判定して、親切(おせっかい?)にも通知したり発表したりしてくれるのでしょうか。

 

  でも、そもそも、誰が、どういう基準で、どうやって、数百人の学生の中から首席者を判定するのですかねえ。

 

 

 

 


  これがアメリカの陸軍士官学校や海軍士官学校のように、全員がすべて同じ科目を受講させられて科目選択の余地がないところ(この点は確認したわけではないのですが、士官学校としての性格上、きっとそうだと思います)であれば、首席者の判定が可能であるのも理解できなくもないです。

 

  全員がすべて同じ科目を受講するのですから、各科目の成績を何らかの基準によって点数化しその平均点なり合計点なりを算出すれば、その大小によって各人の順位付けは(一応は)可能だからです。体操の個人総合や陸上競技の十種競技のようなものです。

 

  また、軍の士官学校という性格上、学生相互間での競争心をあおるという観点からは、何らかの順位付けが必要となるのも当然といえるでしょう。
 

 

 

 

 

 

  しかし、日本の一般の大学では、学生に受講科目選択の自由があり、学生一人ひとりが、受講する科目の内わけと総数を自由に(テキトーに?)選択しているはずです。そのようなところでは、各人の科目毎の成績の平均点または総点数の大小や、あるいは合計取得単位数の多寡を比較しても、順位の付けようがなく、たとえ無理やり順位を付けてみたところで、ナンセンスでしょう。A選手の110メートルハードルと棒高跳びと走り幅跳びの総得点と、B選手の1500メートルとやり投げと円盤投げの総得点の比較で、どちらがアスリートとして優秀かを決めるようなものです。

 

 

 

 

 


  特に、今から数十年前に私が在籍していた西の方の某大学の法学部では、必修科目という制度がなかったこともあり(当然、学科なるものもありません)、各学生が、自分の学力と意欲と興味と時間(時間に関しては、週にどれだけ授業に出るかという観点と、何年かけて卒業するか、つまり卒業に必要な単位数を何年間で確保するかという観点の2つの観点があります)に合わせて、好きな科目を、好きな年度に、好きな数だけ選べばよいことになっていました。その結果、法学部でありながら、政治系科目と(経済学部で開講されている)経済系科目だけで卒業に必要な単位数を充足させ、法律系科目の単位を一つも取らないで卒業するなんてことも可能でした。
 

 

 

 

 

 

  そんなところでしたから、誰も自分の序列だとか順位だとかは考えたこともないし、当然、大学当局による順位の通知や発表などありうるはずもなく、誰それが首席であるとかないとかなんてまったく話の端にも上らないのです。三回生の時にS教授の憲法で70点、M教授の民法で75点を取った学生と、四回生の時にK教授の国際政治学で85点、H教授の経済原論で80点を取った学生について、点数で序列を決めても意味がないでしょう。あるいは、4年間で卒業するのに必要なギリギリの数しか単位を取得しなかった学生と、5年かけて大きくおつりがくるほどの単位数を取得した学生とでは後者の方が優秀であるともいえないでしょう。
 

 

 

 

 

 

  なお、そもそも年度始めにおける受講科目の登録という制度がなく、ただ二月の期末試験でその科目の試験を受けて合格すれば、単位がもらえました。だから、同じ曜日の同じ時間帯に開講されていた科目であっても、試験を受けて合格点を取りさえすれば、両方の科目の単位を取得することも可能でした(よその大学の人にこの話をすると、たいていあきれられます)。
 

 

 

 

 

 

  こと、学生に勉強を「教えてくれない」ことに関しては、定評のある大学でした。つくづくよい大学だったなあと思う次第です。

 

  今も変わっていないとよいけれど。

 

 

BOBCAT

更新日2017.11.15
 


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